人工知能による芸術作品は本当の芸術作品と呼べるのだろうか? | SiTest (サイテスト) ブログ

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人工知能による芸術作品は本当の芸術作品と呼べるのだろうか?

プロダクト開発チーム エンジニアの明石です。

ここ数年の「人工知能」の進化にはめざましいものがあり、「人間らしい」行為の筆頭である「芸術作品の創作」まで行うようになりました。

人工知能使った小説、1次審査通過 ただ8割方は人の手
http://www.asahi.com/articles/ASJ3P644GJ3PUCLV006.html

人工知能が描いた「レンブラントの新作」
http://wired.jp/2016/04/14/new-rembrandt-painting/

人工知能がつくった曲が普通にポップでいい感じ
http://www.lifehacker.jp/2016/10/161016ai_wrote_popsong.html

NHKスペシャルでも人工知能による芸術作品で特集が組まれていたので、ご覧になった方もいらっしゃると思います。
http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3837/

ディープラーニングの社会的インパクト

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上にあげた「人工知能」による作品は機械学習(Machine Lerning)と呼ばれる手法に基づいて準備されたコンピュータが、既存の芸術作品の特徴を学習し、その特徴を再現する事によって制作されています。

なかでも、ディープラーニング(Deep Lerning 日本語で「深層学習」)という手法はこれまでの機械学習の方法ではたどり着けなかった圧倒的な性能を実現していることから、近年大きな話題となっています。

一般的なニュースで「人工知能」として報道されているものは、十中八九このディープラーニングによる成果です。従来コンピュータには不可能で、人間にしかできないと思われていた「人間らしい」認識や推論を人間以上の速さと正確さで行うことで、社会に大きなインパクトを与え続けていますし、今後更に発展することが期待されています。

この「人工知能」の発展は、科学と、それを利用した社会の発展をもたらすものであると同時に、あたりまえと思われていた、「人間」という枠組みにも揺さぶりをかけるものです。

「人工知能」が専門家を超えた広がりを見せている以上、これからの社会は、私達だれもが「人工知能」との付き合い方を考えていく必要があると思われます。「人工知能」が運転する車での事故は誰の責任でしょうか?ある会社に入社できる人材を「人工知能」が選ぶとして、選ばれなかった人は納得できるでしょうか?

これからは、この社会に暮らす誰もが、上にあげたような思想的、観念的な問題を、現実的にさしせまった課題として考える必要に迫られます。

この記事では、そのひとつとして、人工知能によって「創作」された芸術作品は「本当」の芸術作品か?という疑問について考えたいと思います。広い意味でクリエイター職を目指す人にとってはもちろん切実な問題ですし、ポップ・ミュージックや、映画やTV番組、イラストやグラフィックデザインなどの創作物に囲まれている私達にとっても身近な問題であるとおもいます。

芸術作品はゼロから生まれない。

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さて、人工知能による芸術作品について、多くの人はこう思うのではないでしょうか「よくできているし、すごいと思うけど『本当』の芸術作品かと聞かれたらそうではない気がする。」

それはなぜでしょうか。

簡単に考えると「人間じゃなくてコンピュータが作ったものだから」ではないでしょうか。

その直感に従って「人間が作った芸術作品だけが「本当」の芸術作品である」というルールを作ってしまうのなら、当然ながらコンピュータによって作成されたこれらは「偽物」であるということになります。

ですが、最初からそう決めてしまっては技術は発展しませんし、人間を無根拠に特別なものとして扱うことは、逆に人間の可能性を狭めてしまうことのように思います。

少なくとも、人工知能によってこれらの作品が作成されるプロセスを考えると、限りなく人間に近い、すなわち「本当」の芸術作品と呼ぶための要素を見つけることができます。

それは「周りの環境や自分の経験から学んだことを、完全なコピーではなく、再構成して表現する」という点です。

どんな芸術作品も作家が体験してき出来事や見てきた景色、他の芸術作品からの影響のもと、誕生するものです。作家の手による芸術作品は作家が今までの人生の中で触れてきた既存の芸術作品や、作家の体験の影響を受けています。

例えば、19世紀末、それまでになかった、斬新な色彩表現をおこなったセザンヌ(1839-1906)や、ゴッホ(1853-1890)といった印象派の画家は、同時代の先輩のモネ(1840-1926)の影響を受けています。ゴッホには親友でもあった、ゴーギャン(1848-1903)の影響もあります。このようにお互いに影響を与え合いながら「自分の」表現を追求していったのです。

モネ
モネ

セザンヌ
セザンヌ

ゴッホ
ゴッホ

ゴーギャン
ゴーギャン

私達も、コンピュータも世界を学習して表現する

これは何も芸術表現に限らず、私達が生活していくための行動全てに言えることです。
周りの環境や他の人間との関わりから、言葉や、行動のルールなどを学び、自分で理解して「完全なコピーではないけど『正解』の枠の中に収まる形」で発言や行動を行います。それに対する周囲の反応をみて、修正を行いさらに発言や行動を変化させていきます。心理学ではこのようなプロセスを、「勉強」よりもずっと広い意味で「学習」といいます。

人権に関わるので実験はできないとは思いますが、人間を生まれたときからずっと何もない部屋に幽閉していたら、おそらくその人には、人並みの知能や技術が備わることはないでしょう。

周りの環境や、他人の行動を見て、自身の行動を変化させていく。という要素においては、私達と「人工知能」の間に変わりはありません。そしてその行動は、他人が行っている行動の単純なコピーではないという点も同じです。

人工知能が描いた「レンブラントの新作」(http://wired.jp/2016/04/14/new-rembrandt-painting/)については
レンブラントという特定の作家を真似た作品のため、まだ、人間が「偽物」を作るのと同じ意味で、「偽物」なのかもしれませんが、
人工知能がつくったポップソング(http://www.lifehacker.jp/2016/10/161016ai_wrote_popsong.html)
については複数の作家の要素を組み合わせているため、ブリティッシュ・ロック風ではあるものの特定のオリジナルは存在しません。

さらに、ジャンルを超えて、例えば、複数の音楽に紐づく印象から絵画の作成が行われ、出力されたものが、人間が見て、人間の描いた他の絵と区別が付かないようになったらどうでしょうか。これは現在の技術でも十分に実現可能で、あとはコンピュータが学習する環境(データ)をどううまく作っていくかという問題でしかありません(というか、それが今のところ人間の熟練を要するのですが…)

そうやってモネの絵や他の画家の絵、様々な体験を学習し続けたコンピュータが、セザンヌのようだが、よくみると斬新な表現を行っている絵を描くようになる時代は、すでに来ています。

芸術に必要なものは何か?

さて、人工知能による芸術には人間と同じようにいろいろな経験にもとづいて、表現を行うという要素は含まれていることがわかりました。

ではこれらは「本当の」芸術作品でしょうか?

経験に基づいて表現するという点、は確かにコンピュータと人間は同じですが、芸術表現として大事な、少なくとも人間には存在する「内面(心)の表現」と言われる要素、「手先の(肉体的)技術の習得」という要素などが明らかに足らないようにも思えます。

しかしそれらは本当に芸術に必須の要件なのでしょうか?

「人工知能」がもたらすインパクトは、科学技術の発展はもちろん、人間自体や文化的なものというものをどう考えるかという枠組みにも変更を迫るものです。それは決して限られた人だけが影響を受けるものではありません。

参考

学習心理学
http://www.n-seiryo.ac.jp/~usui/koneko/6gakusyu.html
10分でわかる近代絵画史! 19世紀の印象派から20世紀の抽象画までの絵画を画像付きで解説
http://blog.livedoor.jp/kokinora/archives/1016930362.html

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